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東京高等裁判所 昭和56年(行コ)9号 判決

埼玉県与野市大字中里二二六番地

控訴人

岡田寿孝

右法定代理人親権者

岡田さよ

右訴訟代理人弁護士

関根稔

畑仁

浦和市常盤四丁目一一番一九号

被控訴人

浦和税務署長

小林冨一

右指定代理人

桜井登美雄

重野良二

渡辺克己

鮎澤五春

右当事者間の昭和五六年(行コ)第九号相続税更正処分等取消請求控訴事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

2  被控訴人が控訴人に対し昭和五二年一〇月三一日付でした相続税再更正処分のうち課税価格一億五、六八五万六、〇〇〇円を超える部分及び右処分に附帯してされた過少申告加算税賦課決定処分のうち右金額を超える部分に対応する部分を取消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  岡田染吉(以下「染吉」という。)は昭和五〇年七月三一日死亡し、その養子である控訴人、訴外岡田力、同岡田敏江、同岡田寿江、子である訴外岡田芳江及び妻である岡田さよの六名が法定相続人としてその遺産を相続した。

2  控訴人及び右相続人らは被控訴人に右相続税について申告書及び修正申告書を提出したところ、被控訴人は昭和五二年一〇月三一日付で控訴人に対し、原判決別表1の「本件更正処分欄」記載の金額による相続税の再更正処分及びこれに附帯する過少申告加算税の賦課決定処分(以下、これらの処分を「本件再更正処分」という。)をしたほか、その余の右相続人らに対し同表同欄記載の金額(後記再更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分によって取消された分を除いたもの)による相続税の更正処分及びこれに附帯する過少申告加算税の賦課決定処分をした。

控訴人は本件再更正処分を不服として、昭和五二年一二月二六日被控訴人に対し異議申立てをしたが、被控訴人は昭和五三年三月二五日これを棄却する旨の決定をしたので、控訴人はさらに同年四月二二日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和五四年一月三〇日棄却の裁決をした。なお、被控訴人は昭和五五年七月七日付で、控訴人を除くその余の右相続人らに対し各再更正処分及びこれに附帯する過少申告加算税の賦課決定処分をして税額を減少した。

3  本件再更正処分は課税価格一億八、三七七万一、〇〇〇円のうち一億五、六八五万六、〇〇〇円を超える部分二、六九一万五、〇〇〇円において誤っている(その余の課税価格については争わない。)。

(一) 染吉は昭和五〇年六月一四日中部不動産株式会社との間で、同会社所有の与野市中里九五番一宅地五四四平方メートル(以下「本件宅地」という。)を代金六、八二六万円(後記のとおり後に六、五〇五万六、二〇〇円となる。)で買受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同日手付金二、〇〇〇万円を支払った。控訴人及びその他の相続人らの間で、染吉の死亡後本件宅地に関する権利義務は控訴人が単独でこれを承継する旨の遺産分割の協議が成立した。

そこで、控訴人は本件相続税申告書において、本件宅地について、積極財産として(イ)相続開始時の価額三、八五四万〇、八一一円、消極財産として、(ロ)未払残金四、五〇五万六、二〇〇円、(ハ)不動産取得税三九万九、七五〇円と計算した。

しかるに、被控訴人は本件再更正処分において、相続開始時には本件宅地の所有権がいまだ染吉に帰属していなかったとして、右(ロ)及び(ハ)を除外したうえ、(イ)(1)金額を取消し、その代りに手付金二、〇〇〇万円を課税価格に算入した。

(二) しかし、売主所有の特定物の売買においては、特にその所有権の移転が将来なされるべき旨の特約がない限り、直ちに買主に対し売買目的物について所有権移転の効力を生ずるところ、本件売買契約にはそのような特約がなかったから、本件宅地の所有権は本件売買契約締結時の昭和五〇年六月一四日染吉に移転したものというべきである。

したがって、本件宅地の相続開始時における価額たる右(イ)が課税価格であり、右(ロ)及び(ハ)は、当然に右遺産額から控除されるべきである。

4  そうすると、原判決別表1の「本件更正処分欄」の課税価格は、その一億八、三七七万一、〇〇〇円に、本件宅地の価額三、八五四万〇、八一一円を加算したうえ、これから前記手付金二、〇〇〇万円、未払残金四、五〇五万六、二〇〇円、不動産取得税三九万九、七五〇円、合計六、五四五万五、九五〇円を控除した一億五、六八五万五、八六一円となるべきである。

したがって、本件再更正処分のうち課税価格が一億五、六八五万六、〇〇〇円を超える部分及び右処分に附帯してされた過少申告加算税賦課決定処分のうち右金額を超える部分に対応する部分は違法であるから、その取消を求める。

二  被控訴人の答弁

請求原因1及び2の事実は認める。3の(一)の事実は認め、同(二)の事実は否認する。

三  被控訴人の主張

1  控訴人の本件課税価格は、一億五、六八五万六、〇〇〇円(染吉が株式会社岡田に対して債務免除した相続財産たる債権計二、二四八万七、〇〇八円のうち控訴人の相続分に応じた額四四七万七、七〇四円を含む)を超える一億八、三七七万一、〇〇〇円である。

2  本件課税価格一億五、六八五万六、〇〇〇円を超える部分について

(一) 本件宅地売買契約の経緯について

(1) 染吉は本件宅地の売買契約を締結する際、中部不動産株式会社との間で、手付金二、〇〇〇万円を契約締結日に支払うこと、残代金四、八二六万円を昭和五〇年七月末日限り、同会社が境界石の設置、本件宅地の実測図面の交付及び所有権移転登記申請手続をするのと同時に支払うこと、同会社は右期日までに本件宅地の整地を行うことを合意した。

(2) また、染吉と同会社とは同年六月一七日公証人に対し、同会社は同年七月末日までに染吉から売買残代金の支払いを受けるのと同時に本件宅地所有権移転登記手続をすること、同会社は本件宅地を実測し、その実測図面を染吉に交付するとともに所有権移転登記手続を完了すること、同会社は右登記手続完了と同時に、染吉に対し本件宅地に実測結果に基づく境界石を設置し、かつ、整地したうえ引渡すことを内容とする公正証書の作成を嘱託し、その作成を得た。

(3) 同会社は同年七月一六日本件宅地を実測し、実測図を作成した結果、本件宅地が公簿面積より二五・五一平方メートル減少していることが判明したので、本件宅地につき減歩による地積更正登記手続をする必要があったところ、同手続未了のため、期限たる同年七月末日までに本件宅地の引渡を履行することができなかったが、染吉において同年七月二六日は水道工事等を行うため本件宅地の使用の必要があったので、同会社は同日染吉に対し本件宅地の使用を承諾する旨記載した承諾書を交付した。また同年八月二二日本件宅地につき減歩による地積更正登記を経由した。

(4) 控訴人は同年八月二八日同会社に対し本件売買契約代金額六、八二六万円から手付金二、〇〇〇万円及び減歩相当額三二〇万三、八〇〇円を差引いた残代金四、五〇五万六、二〇〇円を支払い、同会社は同年同月二九日本件宅地につき染吉名義に所有権移転登記手続を経由した。

(二) 本件処分の正当性について

(1) 本件売買契約は、前記のように、染吉の売買残代金支払義務と中部不動産株式会社の本件宅地についての実測図の交付及び所有権移転登記手続とが同時履行の関係に立つこと、同会社が右残代金支払日までに本件宅地を実測し、その実測図面を染吉に交付するとともに本件宅地に右実測結果の境界石を設置し、かつ、整地して引渡すべき義務があることを内容とするものであるから、本件売買契約においては、本件宅地所有権移転時期につき、売買残代金支払又は所有権移転登記完了時に本件宅地の所有権が移転する旨の合意(特約)が成立したものと解することができる。ただし、本件売買の目的物は特定物ではあるが、その契約締結時においては目的物たる本件宅地の地積が実測をまたなければ確定できず、したがって、その売買代金も不確定であった(現に、控訴人と中部不動産株式会社とは本件宅地実測の結果、公簿面積より二五・五一平方メートル減歩していることが判明したため、本件売買代金額につき、当初の売買代金額から右減歩相当額を差引いた金額に変更している。)から、本件売買契約における本件宅地の所有権移転の時期については、実測によって減歩の有無が明らかとなった時期又は右減歩による地積更正登記がされて本件宅地の地積が確定した時期に初めて移転する旨の当事者の意思が存したことを肯認する余地がある。また、日常の取引の実際では、特定物の売買でも、当該売買契約によって直ちに所有権が買主に移転するとは考えられておらず、売買代金の支払等によって初めてこれが移転すると考えられており、これが取引の慣行にも合致する。

(2) 特定物の売買においては、売買契約成立により直ちに所有権移転の効果を生じるとの講学上の理論は、特定物の売買契約において将来所有権移転がなされるとの特別の合意が存在しない場合の所有権移転時期についての理論であるから、結局は所有権移転の時期を判断するには、当該特定物の売買契約において右のような特別の合意が存在したか否かの点をまず判断しなければならない。そして、右特別の合意の存否は当該契約時に存した諸事情、すなわち、当該契約において約定された目的物の引渡、所有権移転登記手続及び売買残代金の支払等の各時期並びにその金額、双方の負担するその他の義務ないし条件等を総合勘案して判断すべきこととなる(これは、所有権移転の時期を単に所有権移転登記のなされる日をもって判断するというものとは異ることはいうまでもない)。また、売買による所有権移転登記請求権が独立して消滅時効にかかるか否かの議論は、売買により取得した目的物の所有権に基づく物権的請求権としての登記請求権の帰すうに関する議論であって、売買による所有権移転の時期如何の問題と直接関係あることではない。

以上の点に鑑みれば、本件売買契約により本件宅地の所有権が染吉へ移転した時期は、売買残代金の支払あるいは所有権移転登記が完了した時点とみるべきである。ところが、染吉は売買残代金の支払及び所有権移転登記経由以前に死亡したのであるから、相続開始時には、本件宅地所有権はまだ染吉に移転しておらず、したがって本件宅地自体は染吉の相続財産たりえない。

(3) しかし、染吉は本件売買契約の成立により、中部不動産株式会社に対し本件宅地の引渡請求権、所有権移転登記請求権等の債権を取得し、また、代金支払債務を負担したから、控訴人はその相続人として、染吉の右債権債務を承継したのである。

ところで、相続税の課税価格に算入すべき価額は相続の対象となった財産について、当該相続のあった時における価額を評価し、そこから相続人の負担に属する被相続人の債務であって相続開始時に現存する分及び被相続人に係る葬式費用に相当する分を控除して計算されるが、相続税法は、相続財産の評価について、「相続、遺贈又は贈与に因り取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価」によるものと規定し(同法二二条)、この時価についての税務実務に関して、国税庁は「相続税財産評価に関する基本通達」を、また各国税局は「相続税財産評価基準」をそれぞれ定めており、右基本通達では、「時価」の意義について、「財産の価額によるものとし、時価とは、課税時期(相続、遺贈又は贈与に因り財産を取得した日又は法の規定により相続、遺贈又は贈与に因り取得したものとみなされた財産のその取得の日をいう。以下、評価通達において同じ。)において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。」(同通達1(1))とし、土地及び土地の上に存する権利の評価の方式について、(1)路線価方式(市街地を形成する地域にある宅地)と(2)倍率方式(前記宅地以外)を採用し、また土地の上に存する権利としては、地上権、永小作権、借地権、耕作権、温泉権、賃借権と定めている(同通達-(9))。

以上の相続税法及び基本通達によれば、土地及び前記土地の上に存する権利の評価は時価によるのを原則とし、評価の方式として路線価方式等を採用しているのである。これは、時価の算定が必ずしも容易ではなく、また、いきおい算定に日時を費し、評価額自体が区々となることが避けられず、かくしては回帰的に大量の課税事務の迅速処理が困難となるので、公平を期するため、予め定められた画一的な価格評価方式である路線価方式等によって評価することとしているのである。

ところで、本来時価による土地等の適正な価額に基づいて課税すべきである以上、路線価方式による評価のされる課税財産は、前記基本通達において路線価方式によると定められた課税財産に限定されるべきであって、これを拡大して適用すべきものではない。

本件課税財産は本件宅地の所有権自体ではなく、中部不動産株式会社に対するその所有権移転請求権であるところ、右基本通達において所有権移転請求権の価額につき路線価方式によって評価すべきものと規定されていない以上、その評価はこれによるべきものではなく、原則どおり時価によるべきである。

したがって、本件課税財産の評価によるべきところ、本件においては、相続開始の日である昭和五〇年七月三一日の約一か月半前である同年六月一四日に本件宅地の売買契約が行われ、代金総額六、五〇五万六、二〇〇円が取引価額として顕在していて、これは取引価額として相当であると考えられるから、本件宅地所有権移転請求権の右相続開始当時における時価はこれと同額と評価することが最も合理的であり、しかもかかる時価の評価方法は課税平等主義にかない、課税標準としての経済的価値を的確に具現することになる。

一方、染吉は前記代金支払債務のうち二、〇〇〇万円を手付金として内入弁済したので、相続開始時に控訴人が負担した残代金債務は四、五〇五万六、二〇〇円であった。したがって、本件宅地にかかる相続財産の差引純資産額は二、〇〇〇万円となる。

なお、不動産取得税はいわゆる流通税であり、これは不動産所有権の取得の事実自体を課税物件とするものであるところ、本件宅地の所有権移転時期が本件相続開始後である以上、不動産取得税納税義務は本件相続開始時にはいまだ現存しなかったから、本件宅地にかかる不動産取得税三九万九、七五〇円が本件相続財産額から控除されるべきいわれはなく、したがって、これを控除すべきであるとする控訴人の主張は失当である。

(4) 仮に、控訴人が染吉から相続したところのものが、本件宅地の所有権そのものであるとしても、その評価は本件売買価額によるべきである。

土地そのものが相続の対象となる場合について、いついかなる場合にも路線価格によってその評価を行なわなくてはならないと解すべきではなく、路線価格による評価が税負担の公平を図るうえに著しい弊害があると認められるときは、特別事情があるものとして、路線価格によらないで評価することが許されると解するのが相当である。これを本件についてみると、仮に染吉がその死亡前に本件宅地所有権を取得したとしても、染吉の死亡による相続は本件売買契約を締結してから僅か一か月半後に開始したのであり、しかも右時点でなお本件売買契約について双方の債務は重要な未履行部分を残していて、取引の進行中であったのであり、更に本件売買契約の衝に当ったのは染吉ではなく、それはもっぱら相続人中の一人たる訴外岡田力であったのであるから、その評価は路線価格による評価によらないことができる特別事情がある場合にあたるというべきであり、したがって、その評価は前記本件売買契約における取引価額をもって相続にかかる本件土地の価額と認められるべきであるから、いずれにしても控訴人の主張は失当である。

(三) 控訴人の課税価格、納付税額及び過少申告加算税額について

本件相続税にかかる課税財産は、染吉が株式会社岡田に対して債務免除した染吉の同会社に対する貸金債権一、五八七万七、九四八円及び未収土地代金六六〇万九、〇六〇円、合計二、二四八万七、〇〇八円が含まれるから、控訴人の課税価格は、(1)控訴人の主張する課税価格(原判決別表1の控訴人主張欄記載の課税価格一億五、二一〇万八、〇〇〇円)に、染吉が株式会社岡田に対して債務免除した二、二四八万七、〇〇八円のうち控訴人の相続分に応じた額、すなわち四七四万七、七〇四円を加算し、更に、(2)控訴人が消極財産として控除する本件宅地の未払残代金四、五〇五万六、二〇〇円及び不動産取得税三九万九、七五〇円を加算し、控訴人の主張する本件宅地の評価額三、八五四万〇、八一一円を取消し、その純資産額二、〇〇〇万円を加算すると、原判決別表1の「本件更正処分欄」記載の課税価格(一億八、三七七万一、〇〇〇円)となる。

右課税価格によって計算すると、控訴人の納付税額は五、五二六万八、五〇〇円となり、過少申告加算税額は六七万四、二〇〇円となる(計算の根拠については原判決別表2参照)。

本件再更正処分の課税価格、納付税額及び過少申告加算税額はいずれも右金額内にあるから、本件再更正処分には何ら違法はない。

四  被控訴人の主張に対する控訴人の認否及び反論

1の事実は否認する。

2の(一)の(1)及び(2)の事実は認める。

2の(一)の(3)の事実のうち中部不動産株式会社が昭和五〇年七月一六日に本件宅地の実測を行ったこと及び右実測の結果、本件宅地の面積が公簿面積より二五・五一平方メートルに減歩したこと、同会社が染吉に対し承諾書を交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件宅地について減歩があったところで、その引渡しが不可能となるものではない。染吉は昭和五〇年七月二六日中部不動産株式会社から減歩の事実を告げられ、かつ、「本件宅地に減歩があったので売買代金は減額されることになるが、同会社としても前売主等に対し同会社が前売主から買受けたときの売買代金につき、これを減額してもらうよう交渉したい。それなのに、染吉から減額された代金全額を受取って取引が終了してしまっては、前売主等にも交渉がしにくいので、右残代金の支払を待ってほしい。」との趣旨の申入れを受けた。染吉としては、残代金支払のための資金についてすでに銀行(株式会社富士銀行大宮支店)から融資されることになっており、いつでも支払えるようになっていたが、同会社から右の申入れを受け、また、「本件宅地を使用し、建物建築の手続を進めることは自由にしてくれ。」と言われたため、特に不利益なことでもないので、これに応じることにし、ただ念のため、その旨の承諾書を作成してもらったうえ、残代金の支払時期を中部不動産株式会社の希望する時期まで延期することにしたにすぎない。そして、染吉は、現に、同年七月二八日に建築確認申請の手続をしたのである。

2の(一)の(4)の事実は認める。

2の(二)の(1)の事実のうち、本件宅地売買契約が控訴人主張の内容を含むものであること、染吉が売買残代金の支払、所有権移転登記経由以前に死亡したことは認めるが、その余の事実は争う。

不動産の売買取引においては、全額即時払いの取引でもない限り、物件の引渡及び所有権移転登記手続と残代金の支払とは同時履行の関係にあるものとして、契約締結日後の一定の期日にされるのが一般の取引慣行であり、このようなことが契約で定められたからといって、その物件の引渡が完了した日をもって所有権移転の日とする合意があると判断するのは不当である。仮に右のような判断が許されるとすれば、不動産売買については所有権移転登記等が完了していない以上、所有権が移転していないということになるから、売買による所有権移転登記請求権は独立して消滅時効にかかるべき性質のものではないとの考え方も覆えることになるが、これは大審院以来の判例にも反するものである。

2の(二)の(2)ないし(4)の事実は争う。本件宅地の引渡請求権、所有権移転登記請求権等の債権を相続財産とするときは、その価額は時価によるべきではなく、相続財産評価に関する基本通達に従って、路線価方式によるべきである。

2の(三)の事実のうち本件相続税にかかる課税財産には、染吉が株式会社岡田に対して有する債権二、二四八万七、〇〇八円が含まれるものであり、右債権を含めたものが課税価格であること、被控訴人の主張を前提として課税価格納付税額及び過少申告加算税額を計算すると、その主張のような金額になることは争わない

第三証拠

次のとおり付加するほか、原判決事実欄「第三証拠」記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  控訴人

1  甲第九ないし第一五号証を提出。

2  乙第四号証の成立は認める。

二  被控訴人

1  乙第四号証を提出

2  甲第九ないし第一五号証の成立は認める。

理由

一  請求原因1(相続の開始)及び2(本件再更正処分の内容、不服申立等の経過)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件再更正処分において、課税価格一億八、三七七万一、〇〇〇円のうち本件宅地に関するものを除きその余の部分(染吉が株式会社岡田に対して債務免除した同人の同会社に対する債権計二、二四八万七、〇〇八円のうち控訴人の相続分に応じた額四七四万七、七〇四円を含む。)については当事者間に争いがないので、以下本件宅地に関する課税価格について検討する。

1  本件宅地について控訴人の取得した権利

染吉が昭和五〇年六月一四日中部不動産株式会社から同会社所有の本件宅地を代金六、八二六万円で買受ける旨の本件売買契約を締結し、その際同時に、染吉は同会社に対し手付金二、〇〇〇万円を同日に支払うこと、残代金四、八二六万円は同年七月末日限り同会社が境界石の設置、本件宅地の実測図面の交付及び所有権移転登記申請手続をするのと同時に支払うこと、同会社は右期日までに整地を行うことを合意したこと、右契約日に約旨に従い手付金二、〇〇〇万円が授受されたこと、また、染吉と同会社とは同年六月一七日公証人に対し、本件売買契約に関して、同会社が同年七月末日までに染吉に対し右売買残代金の支払いと同時に所有権移転登記申請手続をすること、右期日までに本件宅地を実測し、その実測図面を交付し、境界石を設置し、かつ、整地して引渡すこと等を内容とする公正証書の作成を嘱託し、その作成を得たこと、同会社は同年七月一六日本件宅地の実測を行ったが、その結果、公簿面積より二五・五一平方メートル減歩していることが判明したこと、染吉の死亡後、控訴人及びその他の相続人らの間で、本件宅地に関する権利、義務は控訴人が単独で承継する旨の遺産分割の協議が成立し、控訴人は同年八月二八日同会社に対し、本件売買契約代金額六、八二六万円から手付金二、〇〇〇万円、減歩相当額三二〇万三、八〇〇円を差引いた残金四、五〇五万六、二〇〇円を支払ったこと、同会社は同年八月二九日本件宅地につき染吉名儀に所有権移転登記を経由したことは、いずれも当事者間に争いがない。

売主の所有に属する特定物を目的とする売買においては、特にその所有権の移転が将来なされるべき約旨に出たものでない限り、買主に直ちに所有権移転の効力を生ずるものと解するのが相当であるが、右売買契約において、最も主要な行為である代金額の確定、支払、目的物の所有権移転登記手続、引渡し等につき将来の一定の時期にすることを定めたものであるときは、その所有権の移転は右将来の一定の時期になされるべき特別の合意がなされたものというべきである。

これを本件についてみるに、本件売買契約においては、代金額はその締結時には確定しておらず、昭和五〇年七月末日までに本件宅地を実測してその減歩の有無を調査し確定したうえでこれを定めるというのであり、売買残代金の支払(全額の約三分の二にあたる)、所有権移転登記申請手続、引渡も右同日限りこれをする、というのであるから、本件売買契約においては、染吉と中部不動産株式会社とは本件宅地の所有権移転の時期を、右各行為が完了したときになされるべき旨の特別の合意をしたものと認めることができる。同会社が昭和五〇年七月二六日染吉に対し、本件宅地を建物建築等のため使用することを承諾する旨記載した承諾書を交付したことは当事者間に争いがないが、このことからも同会社が当時本件宅地の所有権をなお留保していたものとみるのが相当であり、他に以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。

そして、前記のように、右残代金の支払、所有権移転登記申請手続はいずれも染吉の死亡の時までに行われなかったのであるから、染吉はその死亡の時までに本件宅地の所有権を取得したものということはできず、染吉は単に本件売買契約締結により同契約に基づく本件宅地の所有権移転請求権を有していたにすぎないから、控訴人は本件相続により本件宅地所有権を取得したのではなく、その所有権移転請求権を取得したにすぎないものといわなければならない。

2  控訴人の取得した前記権利の課税価格

相続税法二二条は、相続に因り取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除くほか、当該財産の取得の時における時価による旨規定しているところ、土地の所有権移転登記請求権等の価格に関しては特別の定めがないため、右時価というのは、相続開始時における財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解するのが相当である。

ところで、宅地所有権移転請求権の価額は宅地所有権の価額に準じて考えることができるところ、昭和三九年四月二五日直資五六直審(資)一七国税庁長官通達「相続税財産評価に関する基本通達」が市街地的形態を形成する地域にある宅地の評価については路線価方式によることを定め、個別財産の評価実務はこれに従って行われていることが弁論の全趣旨により明らかであるが、右基本通達は、財産の時価を客観的に評価することは必ずしも容易なことではなく、また、納税者間で財産の評価が区々になることは公平の観点から見て好ましくないことに鑑み定められているものと考えられ、また、個別の財産の客観的評価は、その価額に影響を与えているあらゆる事情を考慮して行われるべきであるから、右不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立する価額に相当する財産の評価が得られる事情が存するときには、この評価によることは、それが右基本通達と異るものであっても、これを違法ということはできないと考えられる。

本件についてこれをみるに、本件宅地の売買契約は、染吉の死亡に伴う相続開始時たる昭和五〇年七月三一日に近接したその約一か月半前の同年六月一四日に締結されたものであること、その代金額の確定も同年八月二八日ころにされたものであることは前示のとおりであり、これが染吉と中部不動産株式会社との間の特別な関係に基づいて行われた異常な取引であったことを認めるに足りる証拠は何ら存在しないから、右売買契約において定められた代価は、相続開始時における本件宅地所有権移転請求権の不特定多数当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立する価格に相当するものということができる。してみれば、本件宅地所有権移転請求権の時価は前示六、五〇五万六、二〇〇円ということになる。

そして、染吉は前示のとおり手付金二、〇〇〇万円を支払っただけで、残代金四、六〇五万六、二〇〇円の支払債務を負担していたから、本件宅地に係る相続財産の純資産額は二、〇〇〇万円となる。

してみると、本件再更正処分が本件宅地に係る控訴人の課税価格について、その価額として控訴人主張の三、八五四万〇、八一一円を取消して、二、〇〇〇万円のみを算入したのは正当であって、これを違法ということはできない。

また、控訴人は不動産取得税三九万九、七五〇円を控除すべきであると主張するが、染吉は本件相続開始時までに本件宅地所有権を取得していなかったことは前示のとおりであるから、染吉が本件宅地にかかる不動産取得税納税義務を負担していなかったことは明らかであって、控訴人の右主張は失当である。

三  控訴人は本件再更正処分の課税価格については、本件宅地に関する分を除いて争わないところであり、また原判決別表2の「控訴人の相続財産にかかる相続税額の計算根拠」についても、被控訴人の主張を前提とする限り争わないところである。

四  そうだとすると、本件再更正処分は違法ということはできないから、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないというべきである。

よって、民訴法三八四条により本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣学 裁判官 磯部喬 裁判官 大塚一郎)

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